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2024/07/01(Mon) 13:19:55
なぜかサイトのページが徐々にマルウェアに侵されていまして、ついに全凍結となってしまいましたので、この機にサイトの機能をブログに移そうかと考えていろいろ画策しています。
 もうしばらくおまちいただけると、いままでサイトに上げていなかった小ネタもアーカイブできるブログサイトを作りますのでよろしくどうぞ
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2013/10/20(Sun) 12:24:20

 観月はじめ誕生日記念にマリモのロリショタコンと現代社会において家族に代わる新しい関係性と屍鬼とピンドラとウテナにまたがるめっちゃすごい評論書いてたのに消えた
 この苦しみをきみの誕生日呪いとして捧げるよ喜べ!!
2013/05/27(Mon) 14:51:40

 やぼーん

 一個下の記事に「自己投影乙」についての感慨を書いてませんでしたので、いつも言ってるようなことですが補足を少々。

 書き手が自己投影するほど読み手が移入できないというのは完全に嘘だと思うんだよね(もちろん野暮100%だと読み手の目自体を意識できないのでブーですが)。自己投影とか移入といった言葉の定義の問題のとこもあるが。
 人の「設定」的なおいたちや中二な憧れというのはそれぞれの勝手なものだからそれをメインにされると知らんがなだけど、人の心の材料は似ているし、同じ海を共有しているじゃん。「自己」っていうのはそういう心の核の部分じゃないの。しかも夢の場合2つの自己は同じ野郎に惚れているのであるよ。そりゃなんか共有してるよね。だから夢を書くときはその野郎をどういうふうに想っているかを掘り下げようはっきり見ようとしてるのですが。
 逆に「設定」の間口広めでも書き手自身が自己として生きたこともないイワユルフツウノオンナノコなど描かれてもどこに移入せっちゅうねん、入る席虚無、設定の間口広くしたかったらセリフも感情特定表現も書くなというのです、マリモが知らんだけで女子の人格スタンダードがあるんだったら仕方ないですが。

 ていうかねー、「こういうイワユルフツウニカワイイコになりたかったんだよね」は害悪とまでは言わんがそれはそのまま「なりたかったんだよね」というせつなさを描くためのコンプレックスの外部委託としてしか機能しないし、そのことに無自覚に書いているものは意味的にはメアリーさんと変わりないんだよね。見た目がマイルドだから他人を刺激しにくいかもしれないけど、やってるこた一緒だからね。刺激少なめだからってそういうのならタベラレルヨーって言ってるのってたいした欺瞞だよ。
 さっき野暮言っていこうぜって言ったけどさ、まさに「こうなりたかった でもなれない だから書いて満足することにする」というのに無自覚な、これもまた「粋じゃなさ」だ。だから恥ずかしいそれを自覚してその悲しみをこそ共有していけばいいのに。客観の極みが美しくないのと同じように主観の極みはまた自分から目を背けている。無知の知、ということだ。本当にヤボヤボな奴っていうのは自分の野暮さも見ないんだよ。そういう野暮は美しくないよね。
 まあ無知の知とかそういうのに関しては個人的に「無知はそれだけで罪だ……(徐庶)」と鬱屈しているのもありますが、夢女の野暮パワーを花開かせるのに粋が必要だと思うのはそういうことです。無垢で生命力にあふれてるけど美を知らない山猿娘と心空虚な都会の通人が交わってお互いを満たす話は萌えるしいい成長物語でしょ。そゆこと。
2013/05/20(Mon) 14:23:34



 他人の夢主設定だけ見せられるほど退屈なこたぁねーよな


 マリモは極タカ派夢女を名乗るぐらいですから孤立していて正常なのですが、どうやら夢好きのみなさん全体が業界では立場がないようですね。(言葉を選べ)
 まあ今までも知っていたのですが、ドリーム小説というものがホイッスル!から発生してはや干支も一回りくらいした時ここに至ってもまだ状況はあまり変わらぬのだなあ、と夢女子コミュニティに戻ってみてあたらめて感じた次第でございます。すなわち成立時からいる古株のマリモさんにおかれましては深刻な逃避の結果、てめえ12年間も何やってたんだよ、ということになるんですが。
 しかし夢女子いかに迫害されしか、という話になると、非リアがリア充に根暗と言われ、根暗にオタクがキモオタと言われ、腐女子がオタクから腐w女w子wwwと言われ、腐女子は夢女子を夢w女w子wwwと言い、呪いは永遠に生産され続けるのでそのへんのことはどうでもいいとしましょう。呪いは許しましょう。問題は呪いを受けたときの反応の中の夢女子の特性です。

 一言で言うと夢女子はガキくせえ
(言葉を選べ)

 いやあの、これはマリモが言葉を選べねえ野郎であるというだけじゃなくて、「そう思われている」では少なくともあるですよ、ねっ? でもその「印象」に、はっきりした理由を見出してることは案外少ないんじゃないかと思ったまでで話題にさしていただきます。
 オタ女のメインストリームである腐女子と比べて、なので両方おかしいに違いはないのですが、夢女子はガキくせえと思われています。事実低年齢層が多く20代などの「セミプロ的大人のお姉さま」がたの牽引力の小さい人種であるところが、腐女子と異なっており、これは弱点といってもさしつかえないところでもあると思います。「だから」ガキくさいのか? 実際ガキだからガキくさいのか? ていうかなんで干支一周してはいるのに大人のお姉さまがいないのか? やはり「卒業」すべき形態なのか?
 と、思ってもう一度夢女子界隈の迫害反応を見渡してみたところ、その嘆き方に、言葉を選べないマリモは思った、「そんな100ぺんも聞いたようなショック今更書いてんじゃねえよ」「自分が今センス悪いことになってるのわかんねえのか」「粋じゃないね」と。

 そう、「粋じゃない」。

 それこそが本当の理由である、とマリモはピカーンときました。どういうことか?まだ長ぇので下リンクに続きます。

2013/05/20(Mon) 12:16:21

あてもなき約束を待つ


 どうもちらほらと活動し始めております。春です。MADとか小説とか絵とか作ります。当然作れよ!
 でもこの絵は劇場版ウテナトレス(どうしようもねえな)このシーン好きなんだよね

 今マリモは無双で数年ぶりにドリーム畑の本筋(書き手/読み手主人公の男女カプ)に帰ってきてるのですが、そうしたってマリモのNLってどうにもノーマルじゃないですよね、そういう話をします。
 BLは書きやすい、恋を書くのに適している、と小田桐ですごく実感していたのはかなり言ってると思います。小田桐の性質もありますが、極端に言えば男女は豆腐でありBLは硬い材木なので、前者のほうが手触りはいいけど後者のほうが仏像彫れるじゃん、ということです(マリモの愛は仏像)。
 男女ではすぐにツルンとたやすく滑っていってしまうところを、BLでは滑らないし、最後ストッパーがあるので落ちきらないラインがあって、それが不幸と呼ぶならそうなんだけど、底が浅いなら思う存分落とし穴に落ちてキャッキャ遊べるし穴についてゆっくり考えることもできる。男女のやたらとすぐ類推演繹される気持ちの追いつかない関係に辟易した経験のある人には恋愛を味わう便利機能なんではないでしょうか。
 で頭のおかしいマリモはさらに考えたわけですよ、「これは『普通の男女』こそ障害だな」と。

 ハイわけわからない

 いや、BLが恋愛を純粋に掘り下げるには便利機構だってことはもう最近は常識化してきてるからみんなしってるでしょ、じゃあ「普通の男女」はおとうふだから結婚できるし公に愛を語れても、仏像は彫れないわけじゃないですか、たいていの人は仏像なんて彫りたくないのわたしも知ってますけど、それは恋愛小説を書く者としては寂しいことじゃないか……。「普通の男女」には劇的な恋、深い深い恋、真実の恋をする機会が少ないんですよ。というか「男女の情愛」と呼ばれる美談こそがむしろそれを阻害してたりして。意味通ってますかね?
 ところで話は変わりますがわたしSMって好きなんですよ
(変わったうえにR指定じゃね!?)
 今回の無双徐庶夢などはまあそこまでひどくはない(と自分では思っている)のですが双方調教合戦ですし、行為がプレイ的でなくてもなんだかんだ言ってわたしの書くものはそういうにおいを帯びていると思っています。
 でも猥談にSMの話出たとき気づいたんです、世間一般とわたしのSMの認識は違うと(当然のように猥談)

 端的に言うと「ノーマルが先でSMが後」か「SMが先でノーマルが後」かなんですよね。
 ちなみに一般的には前者でわたしは後者なのです。

 何キチなこと言ってんだこいつですが、実際そうだからね。ピュアブラも戦争で興奮し合ってるところからおさまるし、レミーとか傷つけ傷つき死に殺しじゃないおさまり方、いまだ模索中だからね。徐庶夢も別に普通にくっついたってかまへんのに調教が始まるからね。
 それで目指してるのはただ愛してる人とまっすぐ愛し合うことだからね。
 生粋でない一般のプレイSMはセックスに彩を与えるスパイスなんですが、そもそも普通のセックスに飽きたくないじゃないですか、ごく普通と言われてることこそ至高と思いたいじゃないですか、「普通の男女」なんだから。もちろん二人にとってベストな形を模索するのはいいんですが、飽きてスパイスをというのはいかにもありがたみを感じないんですよね。ムカつくんですよねそういうの(怒った!)
 というか、愛する人とあることは、ただただ幸せで気持ちのよい至福なのです。それは本当にそうなのです。だから目標としてはヒネりたくないんです。だからこそ、アブノーマルです。(ええー)

 ただ、愛する人とある。その幸せを知る難しさは古今東西で描かれてきました。ロミオとジュリエットも、BLも、障害があったほうが二人の恋は熱く燃え上がる的なアレは、そういうことです。
 わたしのNL(あえてこう表記しますが)は同じくわたしの書くBLにはない哀しみに満ちています。きっと世界のベルトコンベアに流されて伝えきれず、いつかお決まりに心が色あせる運命をあらかじめ哀しむ気持ちからはじまっています。それもある種の障害なのかもしれません。大きな、障害です。「普通の男女」こそ、障害。
 それを越えるためにあの手この手を尽くすなか登場してくるのが麻縄というわけですね 蟹縛りも海老吊りもアナル調教もマリモにかかればすべてノンケ正常位の前戯。
 それはロマンティックな戦いです。あらかじめさだめられた、神様にあつらえられたふたり。そこまでは普通の男女愛でも同じでしょう、でも、それだからこそ、恋を貫くのに不向きな豆腐の手触り。泣きながら豆腐を持って矢玉をかいくぐる道を選ぶ、戦い傷ついたふたりが、最後に手を取り合いいっしょにひややっこを食べる。神話のような情景です。こんなにやわらかい豆腐を隣で咀嚼するだけのことが、こんなにも遠く、回り道を要し、どこまでも尊かったのかと思って食べる。もうたんぱく質は大豆だけでいい……。


 まあわたし豆腐嫌いなんですけど
2013/03/26(Tue) 02:44:13
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