好きな人を目を皿にして探す、じっと見つめることは、すげー気持ちいいんだよね。空を飛ぶ夢よりも。それに比べて別に好きじゃない人を好きになろうかなとしてるときの気持ち悪さといったらもう 小田桐の慎重さはわりとそういうとこに対しての警戒でもあるとおもった。あいつもただ見て、何も望まず守って愛して遠くで想う騎士道ダンディズムの快感が好きなのだ。オダギリ族の勝手な言い分だからわがまま言ってくれてもいいんだけど、そんなわけだから彼の距離置きの恋もわかってもらえるだろうか 誓うような告白だけを置いて心を見ないでほしい、触れないでほしい、知らないでほしい、ただ自由に踊ってほしい。でもそれを忘れないで、少しだけ振り返ってほしいというオダギリ族のキモいわがままキモい(結局自己嫌悪か) ただ同性であれば美しく続きうるところを小田女主であれば異性だからな わたしのオダギリ族としての経験は異性へ捧げる騎士道の恋まではカバーしてないから今回ばかりは未知の領域なんだよね。だからどうなるのかまるでわからん。だからといって思うままに創作してしまうのは、他のことがわかってるだけにできないし、全霊で考えざるを得ない。 もしくはわたし自身が小田桐を見る気持ちを見つめてみるとか ……アレッそれじゃね?意外とそれなんじゃね?いやでも基本男主人公の気持ちで見てるからそれはそれで集中のしどころを変える必要があるか えー以上本日は少数民族オダギリ族の謎に満ちた生態についてお届けしてまいりました それではまたお会いいたしましょう さようなら! PR 2010/08/16(Mon) 13:24:28
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